2000年1月30日大阪女子マラソンにおいて弘山晴美選手は2時間22分56秒で堂々2位に入りました。私は平成10年に行われたマラソンセミナーで弘山選手の夫でありコーチの弘山勉氏の講演を聴く機会がありました。氏は、その時すでに弘山晴美選手は2000年のシドニーオリンピックの選考会では2時間22分から23分台の記録が十分可能であると言い切っておられました。短い距離の種目から長期展望に立って徐々に距離を伸ばしてマラソンで結果を出した晴美選手と勉コーチの努力に敬意を表して、その時の講演の内容をここに紹介したいと思います。

※シドニーオリンピック女子マラソン選考では色々ありましたが、弘山夫妻は代表漏れの悔しさから短期間で気持を切り変え
5/7の水戸国際で見事に女子1万mで優勝し代表入りを確実にしました。短期間でマラソンランナーからトラック選手への切り換え
我々が想像するより大変だったと思います。あらためて以下の講演の内容を紹介します。(2000年5月7日)

【第9回ランニングセミナー】        平成10年10月10日 於 大阪体育大学

「弘山晴美(資生堂)5000m日本記録樹立(15分03秒67)の背景から」報告:大阪府立大塚高校駅伝チーム監督 N.T

   講師:弘山 勉氏。資生堂ランニングクラブ、弘山晴美選手の夫でありコーチ。自分自身も1980年の福岡国際マラソンで2時間11分10秒で走っているエリートランナーであった。故障に泣かされてコーチ業へ。弘山晴美選手は1500m(4分11秒10)、3000m(8分50秒40)、5000m(15分03秒67)と距離を伸ばしながら、それぞれの種目で日本記録を樹立してきた。98年名古屋国際女子マラソンを初マラソンながら2時間28分で走り、今後はマラソンに焦点を合わせてシドニーオリンピックを目指すという。

1.弘山晴美選手の専門種目の推移

時 期

 専門種目

ベスト記録

中学時代

200、400

高校時代

400、800

大学時代

1500、3000

2分13秒63(1989)、4分24秒28(1989)

実業団

1991〜
1994

800、1500、
3000
5000

2分06秒19(1994)、4分11秒10(1994)、
8分50秒40(1994)、15分30秒78(1993)

1995〜 5000、
10000
15分03秒67(1997)、
31分22秒72
(1997)

1998年

5000、10000
フルマラソン

15分03秒67(1998)
2時間28分12秒
(1998)

今後 フルマラソン

2.400mのベストを全力(100%)とした場合の各種目のベストタイムのスピード強度

距離

ベストタイム

 スピード強度

余裕度

400m

   58”1

100%

0%

800m

2’06”19

92%

8%

1500m

4’11”10

87%

13%

3000m

8’50”40

82%

18%

5000m

15’03”67

80%

20%

10km

31’22”72

77%

23%

ハーフマラソン

1°10’58

72%

28%

 フルマラソン

2°28′12

69%

31%

※その距離における余裕度が大切。

 長距離選手は必ずしも100mのダッシュ力を高めなくてもよいが、少なくとも400mのスピードを高めなければだめ。弘山選手は5kや10kのラスト200mを30〜31秒で走る。日本選手権では、ラストの400mを62秒で走った。今、全力で400m走っても60秒は切れないがレースのラストを62秒で走れる。それが彼女の強み。若い頃から着実にスピードを付けながら距離を伸ばしてきた。一つの距離(種目)で結果を出してから(記録を出してから)次の長い距離に移行していった。その様な積み重ねの結果として今の彼女がある。

3.5000mとマラソンのタイム比較

 選手名

 5k

 マラソン

 ロルーペ

 14’57”

2°20’

 クリスチャンセン

 14’38”

2°20’

 弘山

 15’03”

 ?(2時間22から23分の可能性あり)

 高橋

 15’20”

2’25’

4. 専門種目に応じたトレーニング内容の推移

1500m
3000m

 5000m
10000m

マラソン








●ヒルトレーニング
●レペテッション
●インターバル
●持久走は1回につき10kまでで1k4分より遅くしない。(ゆっくりjogの禁止)

●インターバル(つなぎのjogを速く)
●レペテッション
●持久走は20kmまで速いペース(入りは最低1k4分から入ってビルドアップ。体調がよいときは1k3分20秒まで上げる。)

●持久走の繰返し
(なるべく速いペース)
●持久走型のインターバル。
(休息はなるべく速く短く)

※今回の名古屋までは極端に長い距離はさせていない。

●スピードを高めて前半の余裕を作る。
●最後のスピードの切り変えを可能に

●スピードとスタミナの両立。
●スピードを無くさないようにスタミナを作る(むずかしい)

●スタミナの養成

●レペは必ず集中できる
精神状態と肉体状態で行うこと。 足に疲労がたまっていて質が高められないときは、もう一日、二日とjogに切り変えてでも集中できる状態でやる。

●常にフォームをチェック

●20k走とかはいらない
3kは、9〜10分走れればいいのだから。

★長い距離を走ると経済的なフォームで走ってしまう。経済的なフォームではスピードは付かない。

●練習にメリハリをつける。集中して質の高い練習を。

●インターバルは、つなぎのjogのペースを指示。jogも入れてトータルで何分で何秒で走っているかを重視。

●故障を事前に防ぐ。

●走行距離を稼ごうとしない。

●1ヶ月に何kmという目標を作ると月末に無理 したり質を落としてでも距離を踏もうとする。

●距離の総計ではなく質。
月500から600km

●血液状態を良好に保つ※長い距離を走ると血液を流れやすくするために液体部分が多くなる。濃かった血液が薄くなってしまうので濃度が減ってしまう。(見せかけの貧血?)

5.ワンランクアップのトレーニング
★「スピードとスタミナは矛盾する。同時に獲得することはできない。」--------スピードをつける時期とスタミナをつける時期を分ける。二つの時期の食事の内容は異なる。 

★「時間走はしない。距離を決めて走る。」○○分間走というのは、時間をこなすことばかり気になって、せっかく調子が上がってきても、あと20分もある、ここでペース上げたら、走る  距離がもっと伸びてしまう、と無意識に(?)ペースを押さえてしまう。

★「練習はできるだけ1人で走る。」レースは1人で走る。人に引っ張らせたらペースは上がるが結局疲れているときなどは、オーバートレーニングになる。スピードトレーニングも、がむしゃらに走るのではなく、自然にその日の体調に合わせて走ることが大切。タイムが全てではない。それが試合に結びつくとは限らない。結果は試合で出せばよい。

フォームは頭のてっぺんを前方に少し引っ張られているような軽い前傾の感覚。微妙な感覚だがコーチも本人もその感覚がずれてきたと感じたら修正していく。 

★「現在の力を把握できる不変の練習を持つこと。」

弘山の例

400×5(200mjogでつなぐ)5本目が終わっても200jogで終わりトータル3k
400mを71"~72" つなぎのjogが42"~43"、これで3kトータルが9'25”ぐらいになる

1000×5(200mjogでつなぐ)1000mは3分10秒、jogを50"でトータル6km19'30"。
(最後は200jogで終わる。) ラスト1本を速く

試合前にこの練習をこなせたら試合ではこれぐらいで走れるというバロメーターになる練習。追い込む練習ではなく自分の調子を確認する練習。

★食事制限はしない。特に大きな試合のあとは2kgぐらい太れと言う。それも筋力トレーニング(冗談半分、本気半分)

★高地トレーニングは中距離には効果がない。5kmを走るようになってから取り入れた。
○本格的にやるには6週間ぐらいがよい。

1週間準備(体を慣らす)。4週間実施。1週間、疲れ抜き。

○3日、4日でも効果はある。

1日目

2日目、3日目

4日目

5日目、6日目

7日目

jog

  きつい練習

下山

 調整

試合

★今回の名古屋マラソンでは本格的なマラソン練習はしていないので、今後練習を消化していけば楽しみである。まだまだレベルをあげられると思っている。シドニーマラソンはマラソンで狙いたい。(平成10年10月10日)
(以下略)

2000年5月7日、水戸国際で優勝しシドニーオリンピック1万m代表入りをほぼ確実にした弘山選手とコーチの勉氏にメールを出すと 勉コーチから丁寧な返事をいただきました。いかにご紹介させていただきます。

<私から 弘山勉氏へのメール>

私は大阪の高校の駅伝チーム(陸上部中長距離パート)の監督をしている者です。 今日の水戸国際陸上での力走、大変感銘を受けました。1万メートルの代表に一歩近づいたことと思います。 だいぶ前になりますが平成10年に大阪体育大学で行われたマラソンセミナーで弘山勉コーチの講演をお聞きしました。 その時、800m から少しずつ専門種目の距離を伸ばして1500m、3000m、5000m で日本記録を作り、 セビリアの世界選手権の1万メートルで4位に入賞するまでのトレーニングの流れを聞かせていただきました。 一気にマラソンを狙うのではなく、それぞれの種目できちんとスピードをつけながら距離を伸ばすという 弘山夫妻の長期計画。若い高校生に中長距離走を指導するものとして学ぶべき点がたくさんありました。 あの時、いよいよ2000年シドニーオリンピックのマラソンでメダルを狙うのだと仰っていた弘山氏の自信に 満ちた言葉を今でも鮮明に憶えております。私自身は未熟な指導者ですが勉氏の考え方は、 日本の実業団の全ての指導者の中で一番「理」にかなっていると考えています。 多くの指導者が若い選手をあまりにも早くにマラソンに挑戦させて、その選手生命を短いものにしています。 オリンピックのマラソン選考では口には出せないほど辛い思いをされたと思いますが、 よくぞ気持を切り変えて短期間で10000mを走れる体に作り変えてこられましたね。 シドニーに行かれたら、今まで積み重ねてきた努力の全てをぶつけて頑張っていただきたいと思います。 今の日本の女子の中でラストの切れでは晴美さんにかなう選手はいないと思います。 マラソンはオリンピック以外にも走る機会はいくらでもありますので、楽しみはその時まで取っておいてください。 とりあえずは今日の力走ご苦労様でした。 私の駅伝チームでホームページを作っていますが、その中で勉氏の講演の内容をアップしています。 今後とも応援していますので息の長い選手として陸上を楽しみ続けてください。


<弘山勉氏からのメール>

弘山 勉 投稿日:2000/5/21(月) メッセージありがとうございました。 おかげさまで水戸ではなんとか勝つことができました。 とにかくホッとしています。 ここまで来るのに、いろんなことがありましたから、、、、、。 一昨年のランニングセミナーでみなさんにお話した通り、 弘山晴美の場合は、少しづつ競技種目の距離を延ばしてきました。 その長期計画が成功して、マラソンでも好記録を出すことができたと思っています。 陸上界の『長距離志向(嗜好?)』を変えていきたいと思っているのですが、 なかなかできません。(武田さんのHPで公開していただいているようでありがとうございます) しかし、世界歴代9位の記録をマークしてさえも、 オリンピックに出場することができないのですから、残念でなりません。 マラソンを通じて力を付けた今なら、1万mでもチャンスはあると思っています。 精一杯がんばっていきますので、これからも応援よろしくお願いします。


 

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